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耳たぶパスタとさくら肉

 日本でイタリア料理が大衆的なものになって久しい。どの街にもイタリア料理店があり、特に女性に人気があると聞く。私の友人の多くもイタリア料理のファンである。そのなかの一人が、レストランで、ある種のスパゲッティを注文した。このスパゲッティは極細で、カペッリーニというものであった。食する前にその言葉の意味を知ってしまった友人は、にわかに食欲がなくなったそうである。カペッリーニとは、髪の毛を意味するカペッリから名づけられたものだったからだ。「何も細いからって髪の毛スパゲッティなんて名づけなくても・・・」とは友人の弁。この話を聞いて思い出したことがいくつかあった。

 シチリア産のオレンジで、見かけはオレンジ色ながら中は真っ赤という品種がある。これをアランチャ・サングイネッラと称するのだが、わたしもこの言葉を聞いてぎょっとしたことがあるのだ。アランチャはイタリア語でオレンジのことで、サングイネッラとはサングエ、つまり血ということばがもとになっている。たしかにこのオレンジからしたたる果汁は、血を連想させるほどにあざやかだ。

 イタリアには、スパゲッティ以外にもさまざまな形をしたパスタがある。その中のオレッキエッティという名のパスタ。これはイタリア語の耳という単語(オレッキエ)から名づけられたものだ。形もゆであがったときのやわらかさも、確かに耳たぶに似ている。できれば名前の由来を考えずに食べたいパスタだ。なまなましいとさえいえるほどの形容と命名ではないか。

 言葉は文化の表層であるが、ときどき目のくらむような深淵をのぞかせてくれる。太古のむかしから肉を食してきた人たちならではの言語文化を垣間見た気がした、といったらおおげさだろうか。

 振り返って日本語ではどうなのか。縄文時代後期から弥生時代にはじまったとされる稲作農耕社会を経てきた日本では、庶民が日常的に肉を食するようになったのは、せいぜいここ数十年だろう。これがために日本人のDNAには、植物を使ってものを言い表したり形容したりする傾向が刷り込まれているように思う。桜色をしているという理由で馬肉をさくら肉というではないか。いのししの肉だってぼたんだし、鶏肉はかしわ。何の肉なのか混乱することもしばしばだ。しかし、誤解をまねくようなリスクを背負ってまでも植物的な形容にこだわる日本語の表現方法を、私はとても美しいと思うのである。

小池 弘美
2001年05月