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| マンマなしには語れない。みんなマザコン。 イタリア語で、母親べったりの子供をあらわすことばを「マンモ-ネ」という。「マン マ」(お母さん)が語源である。日本語の「マザコン」のような暗いイメージはない。こ こではマンモ-ネはごく普通だからだ。イタリアでは小学生が親(多くは母親)に連れら れて学校に行く。下校のときも校門で子供たちを待つ母親。子供の安全のため、と母親は いうだろうが、はたしてそれだけだろうか。 シドニ-オリンピック開催中、メダルをとったイタリア人選手が「(メダルを)マンマ にささげます」と言うのを何度か見た。選手を支えてきた母親が、勝利を目前に惜しくも 前年他界したか、などと一瞬勝手な想像をしがちだが、そうではない。当のマンマは観客 席でぴんぴんしていたりする。 私の日本語講座の女生徒、アリアンナは結婚3年目。彼女の夫ルカは毎日母親と電話で 近況を報告しあうそうである。アリアンナに言わせれば、イタリア人(特に男)がマンモ -ネなのは、母親が子供を離したがらないから、だそうだ。友人の日本人女性は、イタリ ア人の恋人フェデリコと一緒に旅行にでかけた。彼の旅行バッグには母親が用意した洋服、下着、洗面用具がきっちりとつめられていたという。また、わたしの知人何人かで食事会 を催すことになったときのこと。そのうちのひとり、マリオが直前になって、参加できな い、と電話してきた。理由がなんと、「マンマの気分が沈んでいるから」だった。このマ リオを、「しょうがないマンモ-ネだよな」とコメントしたのは、母親に旅行バッグをつ めてもらっているフェデリコ。「目くそ鼻くそを笑う」とはこのことである。ほかにも、 土日に洗濯物をマンマに洗ってもらう独身サラリ-マン、洋服を買うのはいつもマンマと いっしょ、という大学生、自分の下着のサイズすら知らない35歳の男(下着を買うのは マンマだから)、などなど、身近に見聞きした例をあげるだけでも頭痛がしてくる。みな 悪びれていないところがまたすごい。 1998年の統計を見てみると、イタリアの25歳から29歳までの若者のうち、男性 では71%が、女性では46%が親元にとどまっている。家を出たあとも、毎日のように 連絡をとりあう親子たち。イタリアのマンマは実に幸福そうである。 街を歩くとイエスを抱いたマドンナ(聖母マリア)像をあちこちでみかける。人々にと ってはイエスよりも身近なものであるようだ。イタリア人の「なんてったってマンマが一 番」という感覚の根っこはここにあるのかもしれない。さて、驚いたときにイタリア人が 口にすることばがある。「わたしのおかあちゃん!」という意味の「マンマ・ミア!」が それである。
小池 弘美
2001年xx月 |