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イタリアの銀行

 ベネツィアは16世紀ごろ、金融の先進地域だった。銀行の歴史も古い。それはさておき。

 利用していた銀行の対応のずさんさにあきれ、取引銀行を変えることにした。さっそく解約の手続きをする。しかし、手続きがなかなか進まない。何度も同じ書類にサインさせられては書類が紛失した。業を煮やして新しい取引銀行に駆け込んだ。預金の移動手続きも解約手続きも、全て新しい取引銀行経由でやってもらう作戦にでたのである。作戦はうまくいったものの、たかが雀の涙ほどの預金を動かすのに二ヶ月もかかってしまった。今度の銀行の担当者はわたしにいろいろな預金商品の紹介をした。熱心に勧めるのが、「今ご契約いただくともれなく自転車を差し上げます」というものだった。自転車が欲しかったわけではないけれど、景品ということばにひかれて契約をした。日本だったら、いつぐらいに届くということを送る側も送られる側も知っているのがあたりまえだが、ここではそんな常識は通用しない。いつ届くのか、なんてきいても「そのうち」ぐらいの返答しかもらえない。一ヶ月も待てば来るだろうとたかをくくっていたのが甘かった。二ヶ月たってもなしのつぶて。さんざん担当の行員をせきたてたが、「配送の会社に督促してるんだけどなあ」しかいわない。四ヶ月たって、さすがにその行員もまずいと思ったのか、みずから配送会社に赴いて自転車を引き取り、わたしに運んできてくれた。おりしもクリスマスで、行員は赤いダボダボのジャケットを着ている。サンタクロースのつもりだ。だまされないぞ、と思いつつ、つい笑ってしまう。悪びれないイタリア人にまた一本とられた。

 一月一日、欧州統一通貨のユ-ロが流通しはじめた。さっそくユ-ロ紙幣を見ようと、銀行に行く。元日で銀行は閉まっているので、キャッシュコ-ナ-で引き出すほかない。そばにいたおじさんが、「その機械はまだリラ(イタリアの旧通貨)しか出ないよ」という。キャッシュカ-ドを入れてみたら、やはりリラの表示しか出ない。あきらめて別の銀行に行く。今度は機械が故障していた。こうなったら意地である。なんとしても紙幣を引き出すまでだ。少し遠くの別銀行まで足を延ばして80ユ-ロ(9400円相当)を引き出す。出た出た。これがユ-ロかぁ、と感無量。この真新しいお札で、喫茶店に入り、小銭をユ-ロでもらう。習うより慣れろ、なのだ。硬貨は鋳造国によってデザインが違う。イタリアでは、ダンテの肖像やダ・ヴィンチのデッサンが硬貨の裏に彫られている。モーツァルトの肖像がえがかれたオ-ストリア硬貨にもそのうちお目にかかれるはず。楽しみだ。

 ユーロ導入による経済効果を専門家たちは口にするが、市井の人々にとっての一大事は、リラからの換算がうまくできるか、換算のどさくさにまぎれて商品が値上がりするのではないか、ということである。さきごろ、各家庭にユーロ換算用の電卓を送る、と首相が約束したが、本当に送られるのだろうか。自転車なみに四ヶ月かかったら意味がない。

小池 弘美
2002年01月