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| イタリア検札事情 ベネチアの人たちから何度か聞かされた話である。 ある日本人観光客が、ベネチアを訪れ、水上バスを使った。どこの停留所でもこの水上 バスの切符を売っているわけではない。観光客は切符なしで水上バスに乗った。検札係り も船内にはいなかったようで、観光客はキセルとは気づかないまま乗りつづけた。日本に 帰国後、この観光客は切符を買うべきであったことを知った。そこで、丁重なお詫びの手 紙とともに、支払うべきであった運賃相当分をベネチアの水上バス会社に送付した。こう いう内容の記事が何年か前に地元の新聞に載ったというのだ。何年か経ってもこの小さな 出来事を覚えている人がいる、ということは、よほど印象的なことだったに違いない。 今でこそ水上バスにも、ひんぱんに検札が乗り込んで来るようになったものの、少し前 までは検札など本当にまれにしか乗ってくることはなく、無賃乗船したい人にとってはし たい放題だった。5年もの間無賃乗船してもみつかったことはない、と自慢げに話すイタ リア人の話をきいたことがある。陸上を走るバスに乗るにも事前に切符を買わねばならな い。車内では普通売っていない。ただし、切符を買うだけではいけない。買った切符をバ ス内に置いてある機械に挿入し日時を刻印する。検札が来たら刻印済みの切符を見せて、 無賃乗車でないことを証明する。刻印するためのこの小さな機械がまたくせものである。 切符を受け付けないもの、印字しないもの、日時がでたらめなもの。機械の故障のせいで 刻印できなかった乗客の切符を見て、検札係りはなんというのだろうか、というのが目下 のわたしの関心事のひとつである。ただ乗り防止のために検札するなら、少なくとも機械 はきっちり動くようにしておくべきだと思うのだ。 イタリアに着いたその日、ローマのテルミニ駅から特急列車に乗った。発車ホームが突 然変更になり、別のホームまで走ってあわてて車両に乗り込んだわたしは、ホームにある 機械に切符を入れて刻印するのを忘れてしまった。しばらくして車掌のおじさんが回って きた。罰金を覚悟していたわたしに、そのおじさんはにっこり笑いかけ、切符になにやら 書き込んで立ち去った。どうやら、慣れない外国人から罰金をとる気にはなれなかったら しい。このおじさんの行為も、イタリア国鉄規約(そんなものが存在すれば)からはずれ たいいかげんなものかもしれない。しかし、この人間的ないいかげんさにわたしが救われ たことも確かだ。 彼らのおうようさに甘えてはいけない、と思う。はじめに引用した日本人観光客は、い いかげんなイタリアの検札システムに甘えず、その人自身のモラルを守った。だからイタ リア人の心を打ったのである。
小池 弘美
2001年xx月 |