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| 「個」が調和する国、イタリア イタリア、と聞いて、日本人は何を連想するだろうか。スパゲッティやサッカーやフェラーリやオペラ、そして、さんさんと輝く太陽だろうか。そこに住んでいるイタリア人を一言で表現するとしたら?おそらく多くの日本人は、「陽気な」という形容をあたえるに違いない。一方、イタリア人は日本に対してどんなイメージを持っているのか。優れた家電製品やアニメを生み出す秩序の国で、そこに住む人々は勤勉で礼儀正しい、というところだろうか。それが本当かどうかは別としても。 イタリアに住み始めて3年半が経った。何年か住んだぐらいでこの国を理解できるとは思ってはいないが、私なりのイメージというのは確かにある。抽象的だが、オトナの国である。若者に媚びるということがない。若者が貧乏なのは当たり前で、ブランド物は相応になったら持てばよい、という雰囲気がある。芸能界にアイドルも存在しない。そして、知れば知るほど不思議な国である。みなてんでばらばら、無秩序を絵に描いたような社会でありながら、最後にはつじつまがあって結構うまくまとまっているようなところがある。シドニーオリンピックの開会式での、イタリア選手団の入場行進を見て、私は唸ってしまった。ベネトンのデザインによる原色のジャケットやスラックスを、それぞれが自由に着こなしている。ひとりひとりの強烈な色の組み合わせのスーツと、選手団全体に漂う妙な調和。あんな芸当ができるのはイタリア人だけかも知れない。サッカーの試合にも似たようなことが言える。個重視の社会で育ったはずの選手たちがみせる、美的なまでのチームプレーがそうだ。 さて、桜前線が気になる四月。日本では、だれもが新鮮な気持ちになる独特の季節だ。イタリアでの年度始めは四月ではなくて九月だが、九月になってもあたらしい何かがみなぎるということはない。日本の小中学校につきものの終業式や始業式、入学式といったたぐいがないので、なんとなく終わってしまった、もしくは、どうやら始まったらしい、という印象をうけるほどだ。大学の卒業にいたっては、卒業式がないどころか卒業する日にちが人によって違う。社会に出て働き出す時期もまちまち。入社式に、新入社員がそろって社長の訓示を聞くなんてことはない。同期入社などというヨコの意識がうまれないのは当然といえるだろう。 では、かれらにイタリア人同士の連帯感はあるだろうか。愛郷主義を意味するカンパニリズモということばがあって、ローマ人、ヴェネツィア人、ナポリ人であることがかれらにとっての誇りなのだ、とはよくいわれることである。そして、カンパニリズモに支えられたイタリアの町々もまた、イタリア人同様、おのおのが個性的な顔を持っている。
小池 弘美
2001年xx月 |